私が原発の事を学んだのは、小学生の頃。教科書でそれを学んだ時、私は驚きました。このいつ地震が来てもおかしくないと言われている日本の中に、原子力発電所があるということ自体、自殺行為にも思えたのです。なぜなら、地震が来て、その建物が壊れた時、人体に害のある物質が漏れ出すに決まっていると思ったからです。なぜそのようなものを作ったのか、そしてなぜ、大人たちは、その力によって作り出される電気を平気で使っているのか、何故危機感を持っていないのか。とても不思議でした。
同時に、将来絶対にどうにかしなければ大変なことになると、その頃から、ずっと、ずっと心配事のひとつだったのです。
リスクマネージメントという言葉がありますが、それは家庭、会社、だけではなく、自分たちの力の及ばない部分でのリスクの存在を忘れてはいけないということがあると思います。阪神淡路大震災というのが起きたのも、私が小学生の頃でした。地震は、身に感じる前触れがありません。巨大地震が、来る来ると言われていた場所とは違う土地で起きたのです。現在はそれが頻繁に起きています。
いつどこに、なにが起きるかわからない。
文明が発達した人類こそ、生きることに傲慢になってはいけない
謙虚に、生かされているという意識を取り戻させるかのように、
まるで様々なことが自由に出来るようになった時代へのメッセージのようであるかのように。
そして、後片付け。
メルトダウンした原子力発電所
漏れた放射能が世界中を流れる、人の生きる源である、海水を汚染しています。
限りある地球の水を汚染してしまいました。
東京電力も、安倍首相も、日本では問題になっています。
国民は、脱原発
原子力エネルギーを使うことを辞めようと働いています。
電気を使わない生活や、太陽光発電、自家発電は広まっています。
国民一人一人が、変わり、その願いの通り、原子力廃止の方向に向かい
今後、3,11で起きたような、大きすぎる事故が起きないよう、はたらくことは言うまでもなくそれを左右する影響力を持つ日本国民の責任です。
また、汚染された海をどうするのか、今後人体への影響とどう向き合い、どう生きていく方法があるのか。これは未来の人類にとってとても重要です。
問題には向き合い続けなければなりません。
「五体満足で生きる為に」
私自身も、歴史から学び情報を収集しています。
同時に、将来絶対にどうにかしなければ大変なことになると、その頃から、ずっと、ずっと心配事のひとつだったのです。
リスクマネージメントという言葉がありますが、それは家庭、会社、だけではなく、自分たちの力の及ばない部分でのリスクの存在を忘れてはいけないということがあると思います。阪神淡路大震災というのが起きたのも、私が小学生の頃でした。地震は、身に感じる前触れがありません。巨大地震が、来る来ると言われていた場所とは違う土地で起きたのです。現在はそれが頻繁に起きています。
いつどこに、なにが起きるかわからない。
文明が発達した人類こそ、生きることに傲慢になってはいけない
謙虚に、生かされているという意識を取り戻させるかのように、
まるで様々なことが自由に出来るようになった時代へのメッセージのようであるかのように。
そして、後片付け。
メルトダウンした原子力発電所
漏れた放射能が世界中を流れる、人の生きる源である、海水を汚染しています。
限りある地球の水を汚染してしまいました。
東京電力も、安倍首相も、日本では問題になっています。
国民は、脱原発
原子力エネルギーを使うことを辞めようと働いています。
電気を使わない生活や、太陽光発電、自家発電は広まっています。
国民一人一人が、変わり、その願いの通り、原子力廃止の方向に向かい
今後、3,11で起きたような、大きすぎる事故が起きないよう、はたらくことは言うまでもなくそれを左右する影響力を持つ日本国民の責任です。
また、汚染された海をどうするのか、今後人体への影響とどう向き合い、どう生きていく方法があるのか。これは未来の人類にとってとても重要です。
問題には向き合い続けなければなりません。
「五体満足で生きる為に」
私自身も、歴史から学び情報を収集しています。
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